東京地方裁判所 平成10年(ワ)7672号 判決
原告 平井秀忠
右訴訟代理人弁護士 宇都宮健児
同 木村裕二
同 岩重佳治
被告 新日本商品株式会社
右代表者代表取締役 島津嘉弘
右訴訟代理人弁護士 肥沼太郎
同 三崎恒夫
主文
一 被告は、原告に対し、金八六三万二〇五五円及びこれに対する平成七年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、金一四三八万六七五九円及びこれに対する平成七年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 第一項につき仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、原告が、被告の従業員の違法な勧誘行為等によって先物取引をしたことにより損害を被ったと主張し、不法行為による損害賠償として、先物取引による差引損害額一四三八万六七五九円及びこれに対する不法行為の後である平成七年四月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 被告は、東京工業品取引所等の取引員であり、ゴム等の商品取引市場における売買及び取引の受託等の業務を行っている会社である。
2 原告(昭和五年七月三日生)は、平成六年九月中旬、被告の従業員である安達俊彦(以下「安達」という。)から、何回か電話で商品先物取引の勧誘を受け、更に平成六年一〇月四日、原告方を訪問した安達と被告の従業員である増田育夫(以下「増田」という。)から勧誘を受けた結果、ゴム六〇枚の商品先物取引を行うことを承諾し、同日、被告との間で、商品先物取引委託契約を締結した。
3 平成六年一〇月五日、原告は、安達に対し、右取引の委託証拠金として二七〇万円を交付して商品先物取引を開始し、その後、原告は、被告に委託して、別紙取引経過表のとおりの商品先物取引を行った。
4 右取引の過程で、原告は、被告に対し、次のとおり合計一九五五万円を委託証拠金等として支払った。なお、(三)の金員については、具体的な支払日、金額及び金員の性質等に争いがある。
(一) 平成六年一〇月五日 二七〇万円
(二) 同年一〇月一三日 一三五万円
(三) 同年一〇月から一一月 合計八五〇万円
(四) 同年一二月八日 二二五万円
(五) 同年同月二〇日 二一五万円
(六) 平成七年一月三一日 二〇〇万円
(七) 同年二月一日 六〇万円
5 被告は、原告に対し、平成七年三月二四日に二四四万三二七六円、同年四月一二日に二七一万九九六五円を振り込んで返還し、原告は一連の商品先物取引により、委託証拠金等として支払った合計一九五五万円から右返還金合計五一六万三二四一円を控除した一四三八万六七五九円の損失を被った。
二 争点
1 商品先物取引不適格者に対する勧誘
(原告の主張)
原告は、昭和五年七月三日に出生し、被告が本件商品先物取引を勧誘した平成六年一〇月当時で六四歳であり、平成三年三月に定年退職するまで農業共済組合の事務職員であったが、同年四月以降は農林漁業団体職員共済組合から退職共済年金の支給を受けて生活する年金生活者であった。
商品先物取引は、取引に参加するために相当程度の資金投入を必要とし、しかも結果的に取引参加者が多大な経済的損失を被る危険をも有する投機的取引である。年金生活者を商品先物取引に参加させると、たちまちその生計費を喰い尽くし、あるいは長年にわたる稼働により獲得した老後の生活資金としての貯蓄等を失わせるおそれがある。しかも、受けた損害を自らの将来の稼働によって回復する余地も乏しいのであるから、立ち直り不可能な打撃を与えるおそれがあり、年金生活者は、いわゆる自己責任の原則を問うには適さない階層である。このため、社団法人日本商品取引員協会の商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項1(1) 、受託業務に関する規則五条(1) 、受託業務管理規則二条(2) は、年金生活者等の商品先物取引不適格者に対する勧誘行為を禁止している。
したがって、年金生活者である原告を商品先物取引に勧誘する行為は、社会的相当性を逸脱した行為であり、それ自体違法である。
(被告の主張)
安達及び増田は、平成六年一〇月四日に原告に先物取引を勧誘した際に、原告から、農業指導員をしており、原告が住んでいる土地及び建物は原告の所有であり、株式取引の経験があることも聞いていたが、原告が年金生活者であるということは全く聞かされていなかった。そのため、安達らは、原告の年格好からして四〇〇〇万円ないし五〇〇〇万円の資産があり、そのうち一五〇〇万円位は投機取引に回せると考えて、原告に先物取引を勧誘したのである。
本来適合性原則とは、顧客に取引を勧めるには、それが当該顧客に適したものであることを業者が信ずべき相当の根拠を持たなければならないという原則であり、相当の根拠がある場合には、業者側の判断が純粋客観的には間違っていても責任はない。
したがって、被告の従業員の勧誘行為に適合性原則違反はない。
2 本件一連の取引に関する違法性
(原告の主張)
(一) 安達及び増田は、平成六年一〇月四日に原告方を訪問して先物取引の勧誘をした際、原告に対し、「自動車用タイヤの需要が伸びるからゴムは値上がりする。」「ゴムを買えば絶対にもうかる。」「例えば四五〇万円の証拠金を預託すれば一〇〇枚買うことができ、三円上がれば一五〇万円、五円上がれば二五〇万円の利益になる。」「一か月間の値動きは三円から五円程度であり、リスクが低い安全な投資である。」「銀行から資金を借りても必ず返済できる。」などと述べて利益計算の事例のみを強調し、先物取引におけるリスクを隠蔽する説明をし、商品先物取引の有する投機的本質を説明しなかった。
(二) 安達と増田は、追証拠金が発生しうることを予想していたにもかかわらず、最初の委託証拠金を預託させた平成六年一〇月五日の翌日には、その全額を本証拠金に充てる建玉をさせて追証拠金が発生しやすい状況を作出し、七日後である同月一三日に追証拠金を発生させた。
(三) 被告の本店営業部本部長である陸田稔(以下「陸田」という。)は、平成六年一〇月一五日、原告に対して両建を勧誘する際に、両建の外し方によっては損失が拡大する可能性もあるのに、両建をすれば損失をゼロにすることは確実であると述べて、委託証拠金を金融機関からの借入れによって調達することを勧め、右勧誘行為により原告は同月一七日に両建を行い、同月一八日に両建に必要な委託証拠金として六一〇万円を被告に交付した。そして、その翌日である同月一九日には臨時増証拠金が解除されて二〇五万円の超過預託金が生じたが、その事実を原告に告げず、これを返還しなかった。
(四) 増田は、平成六年一一月七日、原告に対し、実際には原告の建玉に臨時増証拠金は発生していないのに、一枚当たり二万円の臨時増証拠金が発生したので二四〇万円を預託する必要があると嘘をついて、その旨誤信した原告をして、同月八日、二四〇万円を被告に対して交付させ、同月二五日、右金員の一部を建玉のための委託本証拠金に流用した。
(五) 陸田及び増田らは、平成六年一〇月二〇日から同年一一月一四日までの間、ゴムの価格が同年一〇月一七日に原告が建てた六〇枚の売建玉の売値を下回って推移しており、特に同年一一月九日には一一六円四〇銭にまで下落し、そこから反転して価格が上昇したから、右売建玉を仕切るべき潮時であったにもかかわらず、原告に対して、右売建玉を仕切ることを勧誘せず、これを放置した。
(六) 被告の従業員である竹尾紀代孝(以下「竹尾」という。)は、平成六年一一月二五日から同年一二月一三日にかけて、不要となった証拠金や前記(四)のとおり増田が騙取した金員を、本証拠金として流用し建玉を増加させた。そして、相場価格の上昇過程の中で買建玉を仕切精算して追証拠金の発生へと誘導し、途転や手数料不抜けの取引を行わせ、原告に追証拠金として追加入金をさせながら更に建玉を増加させ、同様の過程を繰り返した。
(七) 竹尾は、平成六年一二月二〇日から平成七年一月一三日にかけて、因果玉である売建玉を放置したまま、買建玉について両建、買直し及び翌日仕切かつ損切りといった無意味な反復売買を行った。また、竹尾は、原告の資金投入が限界に達するや、放置していた因果玉である売建玉を仕切精算させ、原告に損失を与えて取引を終了させた。
(八) 安達、増田、陸田及び竹尾らの右一連の行為は、商品取引参加の適格性がなく意欲も乏しい原告に対し、商品先物取引の投機的本質について十分な説明をせずに、利益が生じることが確実であると誤解させて売買委託取引契約を締結させ(説明義務違反、断定的判断の提供)、虚偽の説明をして証拠金を預託させ、さらに連続して追加資金を投入させる目的で追証拠金が発生すべき状況を継続的に作出するため、損計算となっている因果玉を放置し、原告が追証拠金を預託すると更にこれを利用して新規建玉を行わせ、右同様の過程を繰り返したのであり、このように同一の因果玉のために反復して追証拠金を拠出させ続ければ、いずれ原告の資力が限界に達し、損失を受けたまま取引を終了せざるを得なくなることを予見しつつ、無意味な反復売買を繰り返して帳尻金を費消させ、原告の資金投入が限界に達するや因果玉を仕切精算させて取引を終了させたものである。
右一連の行為は、受託者である原告の利益に反して業界の自主規制に違反するような不適切な勧誘、売買取引行為をなしたものであり、商品取引所法の誠実かつ公正の原則に反して社会的に許容されない行為であると評価されるから、不法行為に該当する。そして、右被告の従業員の不法行為は外形上、被告の職務行為としてなされたことは明らかであるから、被告は原告に対し、民法七一五条に基づき、損害賠償責任を負う。
(被告の主張)
(一) 安達及び増田が、原告に先物取引を勧誘した際、原告主張のような説明をした事実はない。安達と増田は、平成六年一〇月四日、原告に対し、自動車の売行きが好調なので、タイヤ用のゴムの需要が増えるだろうということを中心に説明して、ゴムの買い時であると勧誘した。この際、ゴム一枚の委託証拠金額、手数料等先物取引の仕組みも説明している。そして、安達らは、原告に対し、どの程度の金額であれば動かせるのか尋ねたところ、原告は、六〇枚の二七〇万円くらいから始められるというので六〇枚の買建をすることになり、約諾書を作成してもらった。
(二) 陸田が、両建に関して、原告の主張(三)のような説明をしたことはない。
原告が両建を行った経緯及びその際に被告が原告から交付された委託証拠金額は次のとおりである。すなわち、右六〇枚の買建後、ゴムの相場が下落して同年一〇月一三日に一回目の追証拠金一三五万円を原告から受領したが、更に下落傾向が続いたため、竹尾は、同月一四日、原告に電話し、前日二倍の追証拠金がかかったこと、このままストップ安が続くと証拠金の他に一枚当たり二万二五〇〇円の臨時増証拠金がかかり、合計四〇五万円が必要になることを説明した上、四〇五万円を入金するなら一時両建にしたらどうかとも説明した。その結果、四〇五万円は週明けに入金するがその時に対策を考えるということになった。同月一五日、陸田は、原告に対し、竹尾と同様に両建を勧めた。週が明けた同月一七日、予想どおり一枚につき二万二五〇〇円の臨時増証拠金がかかった上、同月一四日の引け値では更に原告に三度目の追証拠金がかかっていた。そこで、竹尾は同月一七日に、原告に電話し、更に追証拠金がかかり、臨時増証拠金もかかったことを説明し、今後価格は戻って臨時増証拠金もすぐに解除になるという見通しを話して、様子を見るため六〇枚の売建を入れて両建することを勧め、受注した。これにより不足となる証拠金は五四〇万円であったが、臨時増証拠金一三五万円はすぐに解除される見込みの下に、同日、陸田が原告から証拠金として四〇五万円の預託を受けた。
(三) 増田が、原告の主張(四)の虚偽の事実を述べて原告から二四〇万円の交付を受けたことはない。安達と増田は、同年一一月八日、原告に対し、今後の対策について、現在両建で追証拠金が二回分で損失が固定しているが、建玉を動かすためにはある程度資金を準備しておいた方が良いと勧めた結果、四四五万円を準備金として入金することになり、これを預かった。同月二五日、竹尾と安達は、原告に対し、価格はかなり戻ってきていること、ただ同年一〇月に三回連続して追証拠金になった経緯もあり一遍に片建玉にしない方が良いことなどを説明し、新甫の五月限が四月限より高いので、四月限の買建玉六〇枚、五月限の売建玉六〇枚を建てることを勧め、これを受注した。
(四) 原告は、原告の主張(五)ないし(七)において、被告従業員らの勧誘により原告が行った取引内容を問題としているが、一般的に相場のどのような場面においても売りと買いの両方があり得るから、相場を事後的に見て、ある時期に売るべきだった、買うべきだったというのは相当ではない。平成六年一月ないし一〇月の東京ゴムの価格はおおむね一〇〇円前後の価格で推移していたのであって、原告主張の同年一〇月二〇日から同年一一月一四日までの時期が潮時であったとはいえず、むしろ、同年一〇月末から同年一一月上旬までの価格下落状況に照らせば、もう少し価格の下落が続くと判断するのが合理的ともいえる。平成六年一〇月一七日から同年一二月一三日までの売買は、当初は買い方針で始め、その後、しばらくは値上がりと見て買建玉を増やしたが、逆に価格が下落し、同年一二月初めから方向転換して、約二週間かけて少しずつ売りに転じていったもので、相場観が手に取るように分かる売買である。なお、原告は、両建、買直し又は売直し、手数料不抜けや途転が相場仕法として不当なものであるかのように主張するが、いずれも重要な相場仕法であり、不当なものではない。また、原告が因果玉の放置と主張する取引は、相場が将来下落するであろうとの合理的な基本的判断に基づき売建玉を残したものであり、売り方針の維持について、事後的に見て竹尾の相場観が不当であるというのはおかしい。実際にも平成七年三月中旬から価格の下落の兆候が出始め、同年四月から下がり始め、仮に同年四月下旬に原告の建玉を仕切ったとすれば、ほとんど原告に損失はなかったのである。原告が翌日仕切による手数料稼ぎと主張する平成七年一月一二日及び同月一三日の取引は、同月一二日に三〇枚の買建をしたが、翌日の価格の下落が大きかったので早く損切りし、売建玉に比重をかけたというものであり、値動きに相応した売買である。
(五) 本件の取引の損失は、端的にいえば売り方針の維持の失敗であり、売り方針を維持する以上は、どのような売買のやり方をしても、本件取引と同様の損失は避けられなかった。原告の主張は、相場の動きを事後的に見て被告従業員の勧誘行為を問題とするものであり、被告従業員の行為は何ら違法なものではない。
第三争点に対する判断
一 甲第一号証の一ないし七、第二号証の一、二、第三号証の一ないし二九、第五号証、第六号証、第一二ないし一四号証、第一七号証、第一八号証、第一九号証の一ないし四、第二〇ないし第二二号証、乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一、二、第四号証、第五号証の一ないし六、第六号証の一、二、第七号証の一ないし二九、第八号証の一ないし六、証人竹尾、同安達の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。
1 原告は、昭和五年七月三日に出生し、平成三年三月に定年退職するまで農業共済組合の事務職員として勤務し、退職後は農林漁業団体職員共済組合から退職共済年金の支給を受けていた。
平成六年当時の原告の所有財産としては、不動産では自宅の土地建物があり、農業共済組合の退職金を原資とした安田信託銀行の貸付信託が一〇〇〇万円くらい、株が五〇〇万円くらいあり、その他に預貯金もあった。また、当時の原告の収入は、原告と原告の妻の年金が月額三〇万円くらいあり、原告は、平成元年ころから、約一八アールの畑で、ぶどう、梨、ネクタリン、自家用野菜等を栽培し、近所の住人や知人に販売して年間五〇万円ないし六〇万円の売上げを上げていた。
2 原告は、本件先物取引以前に、山一證券を通じて、五〇〇万円くらいの株取引を行っていたが、商品先物取引の経験はなかった。
3 安達は、平成六年九月中旬、原告に対し、一日おきくらいに五、六回ほど電話で商品先物取引を勧誘した。これに対し、原告は金がないから駄目だと答えていたが、最終的には会って話を聞くことになった。
4 安達と増田は、同年一〇月四日、原告宅を訪問して、原告に対し、商品先物取引の説明をして勧誘した。その内容は、新聞記事(甲第一九号証の一ないし四)を示しながら、自動車の販売が好調でタイヤの需要が増えるので、ゴムが絶対に値上がりするから買うように勧め、「お客様へのお知らせ」と題する書面(甲第二〇号証)や東京ゴム損益幅早見表(甲第二一号証)を示しながら、東京工業品取引所では五〇〇〇キログラムが最低の取引単位で一枚と呼ばれること、一キログラム単位でゴムの価格が付くから倍率が五〇〇〇倍であること、したがって、ゴムを一枚買ってゴムの価格が一円上がれば五〇〇〇円の利益となること、先物取引であるから証拠金制度で取引すること、ゴム一枚の委託証拠金が四万五〇〇〇円であること及び追証拠金制度について説明し、一か月に価格の変動があるとしても大体三円で多くても五円くらいであり、危険は少ない安全な取引であるので、銀行から資金を借りても二、三か月で返せるというものであった。
原告は、右の説明を聞いて商品先物取引を委託することを了承し、安達及び増田の勧めにより、二七〇万円の委託証拠金でゴム六〇枚の買建をすることとした。
安達は、「お客様各位」と題する書面(乙第二号証の二)、商品先物取引委託のガイド(乙第三号証の一)、商品先物取引委託のガイド別冊(乙第三号証の二)、受託契約準則(乙第四号証)を原告に交付し、後で読んでおいて下さいと述べた。また、原告は、約諾書及び通知書(乙第一号証)、「お客様各位」と題する書面(乙第二号証の一)に署名捺印して安達に渡した。
原告は、委託証拠金二七〇万円を翌日に入金することにし、原告と安達は、建玉は入金後に行うことを確認し、安達は、翌日に集金に来ることを約束した。
5 安達は、右勧誘の際に、原告に対して、年齢や預貯金額については質問せず、原告から、ぶどうの栽培を行っている旨、株取引を行ったことがある旨、原告の自宅の土地建物が原告の所有である旨を聞き、原告の年齢は五〇歳代前半ではないかと推測した上で、原告の年収は一〇〇〇万円で、資産は五〇〇〇万円くらいあるのではないかと想像し、年収及び資産を被告で作成している顧客カードに記載したが、年収及び資産について具体的な調査や原告への確認はしなかった。
6 被告では、当時受託業務管理規則を作成しており、同規則では、新規委託者は、三か月間は二〇枚以内が外務員の判断枠であるとされていたが、五〇枚から一〇〇枚くらいの取引については原則的に審査がないという運用が行われていた。
7 原告は、同月五日、安達に委託証拠金二七〇万円を交付し、同日に三〇枚の買建玉を建て、同月六日に三〇枚の買建玉を建てた。
8 ところが、右買建後に相場が下落し、追証拠金を積まなければならないことが予測されたことから、竹尾と安達は、同月一二日、原告宅を訪問し、原告に対し、ゴムの値段が下落したため一三五万円の追証拠金が必要になった旨述べた。同月一三日、ゴムの値段が下落してストップ安となり、原告に追証拠金がかかった。原告は、同日、竹尾に対して一三五万円を交付したが、竹尾は、追証拠金が二倍になって、更に一三五万円が必要となったと述べ、同日の引け値では実際に、もう一回追証拠金がかかり、臨時増証拠金も必要となる事態になった。竹尾は、同月一四日、原告に対し、電話で追証拠金と臨時増証拠金として四〇五万円が必要になった旨を連絡した。
9 右のように原告の建玉の相場が急落したことから、被告本店営業部の本部長である陸田は、同月一五日、原告宅を訪問し、原告に値が下がった場合の対応について説明し、両建を行うことを原告に強く勧めた。
その説明内容は、現在精算した場合には損が確定し、既に入金されている金は戻らないが、両建にすれば価格の変動にかかわらず損失が拡大することはなく、相場が反転したときに片方の建玉を外して利益を得て、これを残った建玉の追証拠金に充て、時期を見て残った建玉を順次仕切ることで値幅を縮めていき、最終的に損失をゼロにすることは簡単で、後から入金した金は絶対に戻ってくるというものであり、「このお金は絶対助かります。助けます。僕が出てきた以上。両建をやっておけばね。」(当日の会話の録音反訳書である甲第一二号証二四頁)などの発言を繰り返していた。
原告は、被告の営業部本部長という立場にある陸田の右説明を信用し、陸田が両建をするための必要資金として提示した六一〇万円を用意すれば損失は回避できると思って両建をすることを了承した。
10 原告は、同月一七日、両建のためゴム六〇枚の売建をし、同月一八日、被告に対し、その委託証拠金を含む六一〇万円を交付した。
しかし、被告の作成した「入金(庫)のご報告」と題する書面(甲第一号証の三)及び委託者別委託証拠金現在高帳(乙第六号証の一)には、原告が被告に同月一七日に四〇五万円を入金した旨の記載がなされ、売買報告書及び売買計算書(甲第三号証の三、乙第七号証の三)及び貴口座残高照合通知書(乙第八号証の一)にも右記載を前提とした記載がなされた。この点について、原告が、被告従業員に対し、「入金(庫)のご報告」と題する書面(甲第一号証の三)の金額が四〇五万円になっていることを指摘したところ、後で直しますとの返事であった。
11 同月一九日、原告の建玉にかかっていた臨時増証拠金は解除された。
12 増田と被告従業員の小林は、同年一一月七日、原告宅を訪問し、原告に対して、実際には臨時増証拠金がかかっていないにもかかわらず、同月二日に二四〇万円の臨時増証拠金がかかった旨を述べ、売建玉を外せば臨時増証拠金は必要ないが、その後に価格が下がった場合には買建玉に追証拠金がかかる可能性があること、同月二四日が納会であるので、そこまで両建の状態で様子を見たいこと、納会の後には売建玉を決済して買建玉だけにすることが考えられるが、納会まで様子を見るためには二四〇万円の臨時増証拠金を入金することが必要となることなどを説明した。原告は、右説明に従い、臨時増証拠金として二四〇万円を入金することを了承し、同月八日、増田と安達に対し、二四〇万円を交付した。
しかし、被告作成の「入金(庫)のご報告」と題する書面(甲第一号証の四)及び委託者別委託証拠金現在高帳(乙第六号証の一)には、同年一〇月一八日に記載されなかった二〇五万円を右二四〇万円に加えた四四五万円が入金された旨の記載がなされた。
13 竹尾と安達は、同月二五日、原告宅を訪問し、原告に対し、今後の対応について、ゴムの価格が、一二〇円から一四〇円の間で行ったり来たりしていること、もうすぐ一四〇円になってまた下がってくるから、ここで売りを足した方が良いこと、同年一〇月一七日の売建玉は一二五円五〇銭と価格が安いから、今一三三円三〇銭の売建玉を建てれば平均値が一三〇円くらいになることなどを説明した。原告は、竹尾らの勧めに従い、同月二五日、買建玉を六〇枚、売建玉を六〇枚建てた。
14 その後、原告は、被告に委託して、別紙取引経過表のとおり商品先物取引を行った。
被告は、原告に対し、取引を行う都度、原告が行った取引の内容が記載されている売買報告書及び売買計算書(甲第三号証の一ないし二九)を送付しており、原告は、同書面を確認していたが、最初の損失をゼロにしていくためには担当者の勧めどおりにすることが良いと思い、竹尾らに言われるままに商品先物取引を継続した。
15 原告は、被告に対し、平成六年一二月八日から平成七年二月一日までの間に合計七〇〇万円を追証拠金等のために交付したが、それ以上の委託証拠金を投入できなかったため、同年二月一日以降、建玉が決済され、被告は、原告に対し、同年三月二四日に二四四万三二七六円を振り込んで返還し、更に原告が同年四月六日に先物取引を手仕舞いしたことにより、同年四月一二日に二七一万九九六五円が返還された。
二1 右認定に関し、安達は、平成六年一〇月四日、原告に対し、商品先物取引を勧誘した際に、ゴムが絶対に値上がりするから買うようにとの勧誘はしておらず、ゴムの値動きについても、三円や五円の値動きだけではなく一〇円や三〇円の値動きについても説明し、「お客様各位」と題する書面(乙第二号証の二)及び商品先物取引委託のガイド(乙第三号証の一)を示して、商品先物取引のリスクについて、相場なので思惑と逆にいったときにはそれなりのマイナスが出ることなどを説明した旨証言する。
しかし、この点につき、原告は、一か月に価格の変動があるとしても大体三円で多くても五円くらいであり、極めて危険は少ない安全な取引であるとの説明を受けた旨を述べているところ、この供述は、右説明の際に用いられた東京ゴム損益幅早見表(甲第二一号証)の値幅欄の二円、三円、五円の欄が丸で囲まれており、一〇〇枚の欄の値幅が二円及び五円に対応する欄の損益幅である一〇〇万及び二五〇万との数字も丸で囲まれていることに合致する。安達は、一〇円の場合は五円の倍であり、三〇円についても一〇円の三倍であると説明したというのであるが、同人自身もどの値幅について説明するかは、その銘柄の実際的な値動きにより、その場その場で考える場合が多い旨(同人証人調書一五二項)証言しているところ、当時短期的に一〇円以上の値上がり又は値下がりを予想させる具体的な材料はなく(同人証人調書一四六、一四七項)、当時具体的には予想していなかった一〇円や三〇円といった値幅についてまで説明したとの同人の証言はにわかに採用することができない。
このことに、平成六年一〇月一五日の陸田と原告との会話の録音反訳書である甲第一二号証によれば、安達が「絶対儲かるから」と原告に言った旨を陸田に述べていることが認められること(甲第一二号証二七頁)や、原告が勧誘を受けた当日にゴム六〇枚の取引を了承していることも考慮すると、安達及び増田が、右勧誘の際、追証拠金を含む商品先物取引についての一般的なリスクについて説明したことはあったにせよ、当時のゴムの値動きからゴムの取引についての安全性を強調し、値上がりによる利益を確実に得られるとの趣旨を述べていたことは事実であると考えられる。
したがって、同年一〇月四日の勧誘についての安達の証言中、前記認定に反する部分は採用できない。
2 また、安達は、同年一〇月四日の勧誘の際、原告からぶどうの農業指導員を長く行っていると聞いた旨証言するが、既に認定したとおり、原告は平成三年三月まで農業共済組合の事務職員として勤務しており、農業については、平成元年ころから、約一八アールの畑で、ぶどう、梨、ネクタリン、自家用野菜等を栽培していたにすぎない者であるから、このような経歴の原告が、ぶどうの農業指導員を長く行っていると述べることは考え難く、この点に関する安達の証言はにわかに採用できない。
3 竹尾は、平成六年一〇月一七日に原告に電話をし、臨時増証拠金もかかったので四〇五万円が必要になったことを説明し、相場の様子を見るために両建を勧めて、六〇枚の売建をする旨の注文を受け、本来必要な証拠金は五〇〇万円以上であったが、臨時増証拠金が解除されることがある程度推測できたので、それを除いた四〇五万円を原告から入金してもらった旨を証言し、被告作成の「入金(庫)のご報告」と題する書面(甲第一号証の三、四)及び委託者別委託証拠金現在高帳(乙第六号証の一)には、原告が、被告に、同月一七日に四〇五万円を入金し、同年一一月九日に四四五万円を入金した旨の記載がなされ、売買報告書及び売買計算書(甲第三号証の三、四、乙第七号証の三、四)及び貴口座残高照合通知書(乙第八号証の一、二)にもこれを前提とした記載がなされていることは前記のとおりである。
しかし、この点に関し、原告は、両建を行ったのは、同月一五日に陸田が原告宅を訪問して行った勧誘によるものであり、同月一八日に六一〇万円を被告に交付し、同年一一月七日に増田から二四〇万円を臨時増証拠金として必要である旨説明され、同月八日に二四〇万円を被告に交付した旨を述べているところ、同年一〇月一五日の陸田の勧誘については、勧誘の際に原告が録音したテープの反訳書(甲第一二号証)が提出されており、その内容は前記認定のとおりであって、陸田は六一〇万円を用意して欲しい旨を原告に明確に述べていること、同年一一月七日の増田の勧誘についても勧誘の際に原告が録音したテープの反訳書(甲第一三号証)が提出されており、その説明内容は前記認定のとおりであることが認められること、当時原告が書いていた農業日誌(甲第一七号証)の同月一五日の欄には、六一〇万円を火曜日である同月一八日の午後一時に支払うことに決めた旨の記載があり、同月一七日の欄には陸田から電話があり、六一〇万円を明日一時ころに支払うことを確認した旨の記載があり、同月一八日の欄には原告が安田信託銀行から六〇〇万円の借入れを行い、農協から一〇万円の払戻しを受け、増田に六一〇万円を渡した旨の記載があることからすれば、この点に関する原告の供述には客観的な裏付けがあるということができる。
したがって、右の点に関する竹尾の証言は採用できず、原告が同年一〇月一七日に四〇五万円を入金し、同年一一月九日に四四五万円を入金した旨の「入金(庫)のご報告」と題する書面(甲第一号証の三、四)、売買報告書及び売買計算書(甲第三号証の三、四、乙第七号証の三、四)、委託者別委託証拠金現在高帳(乙第六号証の一)及び貴口座残高照合通知書(乙第八号証の一、二)の記載も採用することはできない。
他に前記一の認定を左右するに足りる証拠はない。
三 争点1(商品先物取引不適格者に対する勧誘)について
1 甲第九号証によれば、全国商品取引所連合会の「取引所指示事項」が、「商品先物取引を行うにふさわしくない客層に対しての勧誘」を不適正な勧誘行為としていること、商品取引員協会の定める「受託業務に関する規則」がその五条(1) において、「経済知識、資金能力及び過去の取引経験等から見て商品市場における取引の参加に適さないと判断されるものを勧誘すること」を会員が行ってはならない行為の一つとして規定していることが認められる。
右規定の趣旨は、商品先物取引が投機性の高い取引であって、しかもその商品先物取引市場における相場は、需要と供給のバランスのみならず、政治、経済及び為替相場等の複雑な要因で変動する極めてリスクの高い取引であることを考慮すると、商品先物取引を行うために必要な判断能力、資金能力等から右のような取引に参入する適格性を有しない者が商品先物取引へ参入することを防止し、もって不適格者が損失を被ることを未然に防止しようとするものと解される。
そして、右のような商品先物取引の特質や「取引所指示事項」及び「受託業務に関する規則」の関係規定の趣旨並びに社会通念に照らせば、商品取引員は、一般市民に対し商品先物取引の委託を勧誘し、あるいは一般市民から商品先物取引を受託しようとするときは、その者が右のような商品先物取引不適格者に該当しないかどうかについて必要な調査を行い、その者が商品先物取引不適格者に該当すると認められるときは、商品先物取引の委託の勧誘及び受託を行わないようにすべき信義則上の義務を負うものと解するのが相当であり、商品先物取引員及びその従業員において、右義務に違反し、必要な調査を怠り、商品先物取引不適格者に該当すると認められる者に対し取引の委託を勧誘し、あるいは取引を受託することは不法行為を構成するというべきである。
2 既に認定したところによれば、安達及び増田は、原告が年金生活者であり、他に生計を支え得るような収入がないにもかかわらず、原告の年収及び資産について具体的な調査をしないまま、原告に先物取引の勧誘をしているのであり、さらに被告の受託業務管理規則において、新規委託者を保護するという観点から新規委託者は三か月間は二〇枚を越える取引については審査が必要と定められていたところ、新規委託者である原告は、被告の従業員の勧誘にしたがって、当初から六〇枚の買建を行っているが、被告では五〇枚から一〇〇枚の間では原則的に審査がないという運用がなされていたのであるから、安達及び増田の行った勧誘は、先物取引についての適格性を有しているとは認められない原告に対する調査義務を怠り、過大な建玉の勧誘を行った点で違法なものということができる。
四 争点2 (本件一連の取引に関する違法性)について
1 既に認定したところによれば、安達及び増田は、原告に対し、本件先物取引を始めるに当たって、自動車の販売が好調で、タイヤの需要が増えるからゴムが絶対に値上がりするから買うように述べ、一か月に価格の変動があるとしても大体三円で多くても五円くらいであり極めて危険は少ない安全な取引であるので、銀行から資金を借りても二、三か月で返せるなどと説明し、原告にゴムの取引をすることによって利益を確実に得られると信じさせたことが認められる。
ところで、商品先物取引は、取引価格に比べて少額の委託証拠金で差損金決済をすることにより多額の取引を行うことができる極めて投機性の高い取引であって、取引額が多額に上るため、わずかな値動きによって多額の差損益を生じ、損計算になった場合には、委託者が手仕舞いを指示しない限り、損失が増大し続け、短期間の内に預託した委託証拠金の額を大幅に上回る損失が発生する危険がある。したがって、商品取引員である被告及びその従業員は、先物取引の委託を受けるに際し、委託者である顧客の経歴、能力、先物取引の知識、経験の有無、委託にかかる売買の対象、数額、価格変動の特性等及び委託に至った事情を考慮して、顧客に右危険の有無、程度について判断を誤らせないよう配慮すべき信義則上の義務を負っているというべきであり、安達及び増田の先物取引に関する説明は、新規に先物取引を行う原告に対する説明としては不適切、不十分なものであったというべきである。
また、陸田が、平成六年一〇月一五日、原告に対し、両建を勧誘する際にした説明も、両建をしても両建を外す時期によっては損失が拡大する場合があるにもかかわらず、両建をすれば、これ以上の損失を被ることなく、受けた損失を取り戻すことは容易であると誤信させるものであり、不当な勧誘というべきである。
2 次に、増田と小林は、同年一一月七日、原告宅を訪問し、原告に対して、実際には臨時増証拠金がかかっていないにもかかわらず、同月二日に臨時増証拠金がかかったので二四〇万円の臨時増証拠金を入金することが必要となる旨説明し、原告は、右説明にしたがって二四〇万円を入金することを了承し、同月八日、増田と安達に対し、二四〇万円を交付している。
右増田らの説明は、あたかも臨時増証拠金として必要な金員であるかのように述べて、原告に金員の交付を要求し、原告は、右説明を信じて、被告に金員を交付したものであるから、右増田らの行為が不当なものであることは明らかというべきである。
また、原告が、平成六年一〇月一八日、被告に対し、臨時増証拠金を含めた委託証拠金として六一〇万円を交付したにもかかわらず、被告の作成した書面においては、同月一七日に本証拠金及び追証拠金として充当された金額である四〇五万円が入金されたとの記載がなされたこと、同月一九日、原告の建玉にかかっていた臨時増証拠金は解除されたこと、原告が、被告に対し、「入金(庫)のご報告」と題する書面(甲第一号証の三)の金額が四〇五万円になっていることを指摘したところ、後で直しますとの返事がなされたこと、原告が同年一一月八日に増田と安達に対し、二四〇万円を交付したにもかかわらず、被告の作成した書面においては、同年一〇月一八日に記載されなかった二〇五万円を右二四〇万円に加えた四四五万円が入金された旨の記載がなされたことが認められるから、被告は、原告が同年一〇月一八日に預託した金員のうち、本証拠金及び追証拠金に充当されなかった二〇五万円につき、臨時増証拠金が解除されたにもかかわらず、これを原告に報告することなく、同年一一月八日に委託証拠金として新たに入金されたものとして取り扱ったことが認められる。
竹尾が、原告に対して、平成六年一一月二五日から同年一二月七日にかけて勧誘した取引は、その委託証拠金として充てられた金員が右のような金員であることを説明せずになされたものであるから、この点で竹尾のなした勧誘は不当なものであると認められる。
3 他方、原告は、安達と増田が、追証拠金が発生しうることを予想していたにもかかわらず、最初の委託証拠金を預託させた平成六年一〇月五日の翌日には、その全額を本証拠金に充てる建玉をさせて追証拠金が発生しやすい状況を作出したと主張するが、預託された金員の全額を本証拠金に充てるように勧誘したからといって、これが直ちに不当ないしは違法な行為であるとまで認めることはできない。
また、陸田及び増田らは、平成六年一〇月二〇日から同年一一月一四日までの間、ゴムの価格は同年一〇月一七日に原告が行った六〇枚の売建玉の売値を下回って推移しており、特に同年一一月九日には一一六円四〇銭にまで下落し、そこから反転して価格が上昇したから、右売建玉を仕切るべき潮時にあったにもかかわらず、原告に対して、右売建玉を仕切ることを勧誘せず、これを放置したことを問題としているが、一般市民が、商品先物取引に関わる利益やリスクについての商品取引員ないしその使用人が提供する情報や判断に依拠して、商品先物取引を行おうとする場合においても、商品取引員たる被告が相場状況に応じた勧誘を行わなかったことが直ちに違法になるとは解されない。これは、既に認定したとおり、陸田が、売建玉を外す場合には、価格が下落していって、少し上昇してきたのでこれからも上昇しそうだという時点で行うことが重要である旨を説明していたという本件の具体的事情の下においても同様であり、乙第一二号証によれば、平成六年一月ないし九月においては、ゴムについて一〇〇円以下の価格がついていた時期があることも認められることに照らせば、被告が売建玉を仕切ることを勧誘しなかったことが必ずしも不当であるとも認められない。
さらに、原告が、平成六年一二月二二日から平成七年一月一三日にかけて行った取引には、損失の発生している売建玉については、ほとんど決済することなく、買建玉について年末年始を挟んだ三週間ほどの短期間の間に、両建、買直し及び翌日仕切といった売買が繰り返されており、これらの取引についても問題がないわけではないが、前記認定のとおり、右期間中の取引については、原告は竹尾ら担当者に任せていたのであり、同期間における新規建玉自体からは、ほとんど損失が生じていないことを考慮すると、右取引が直ちに不法行為を構成するものとはいえない。
五 以上によれば、本件の先物取引は、安達及び増田が、原告の資金能力等に照らし、適合性を欠く先物取引を勧誘し、これを行わせたものである上、一連の取引においても、安達及び増田が、原告に対し、本件先物取引を始めるに当たって、ゴムが絶対に値上がりする旨の断定的判断を提供し、先物取引の特質等について十分な説明をせず、陸田が、平成六年一〇月一五日、原告に対し、両建をしても両建を外す時期によっては損失が拡大する場合もあるにもかかわらず、両建をすれば、これ以上の損失を被ることなく、受けた損失を取り戻すことは容易であると誤信させる不当な勧誘をし、増田が、同年一一月七日、原告に対して、実際には臨時増証拠金がかかっていないにもかかわらず、虚偽の説明をして原告から金員の交付を受け、平成六年一一月二五日から同年一二月七日にかけて勧誘した取引の委託証拠金に充てたことなどの違法又は不当な勧誘行為等が見られるから、本件先物取引はその一連の取引全体が違法なものであるということができ、被告は、本件先物取引により原告が被った損害全体につき、右不当な勧誘行為等を行った従業員の使用者として使用者責任に基づく損害賠償義務を負うというべきである。
六 他方、甲第三号証の一ないし二九、第一三号証、乙第八号証の一ないし六、第九号証の一ないし五、第一〇号証の一の一及び二、二、三並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、商品先物取引委託のガイド(乙第三号証の一)を少なくとも取引が始まってからは読んでいたこと(原告本人調書二九三ないし二九五項)、「お客様各位」と書かれた書面(乙第二号証の二)についても、平成六年一一月七日に増田が原告宅を訪れた際、同書面に「資金は余裕をもって」と記載してあることを話題にしていること、売買報告書及び売買計算書(甲第三号証の一ないし二九)を見て取引については事後的に逐一確認していたこと(原告本人調書二六三項)、被告は、原告に対し、毎月月末に、その時点での委託証拠金額や値洗損益金額、建玉の内訳等が記載された貴口座残高照合通知書(乙第八号証の一ないし六)を送付しており、原告は、右残高照合通知書を確認した旨の建玉残高照合回答(乙第九号証の一ないし五)に、署名捺印をして被告に送付していたこと、原告は、現在の建玉の内訳や委託証拠金額が記載された残高照合書(乙第一〇号証の一の一、二)や「委託者値洗」と題する書面(乙第一〇号証の一の二、三)に、署名捺印をして被告に交付していたことが認められ、原告が、平成三年三月に定年退職するまで農業共済組合の事務職員として勤務しており、本件先物取引以前に、山一證券を通じて、五〇〇万円くらいの株取引を行っていたことは前記のとおりである。
そもそも、商品先物取引が、投機取引であって一般市民が参入する取引としては極めてリスクが高いものであることは公知の事実であり、原告は、本件商品先物取引の勧誘に応じる際には、商品先物取引である以上、当初に交付した証拠金を全額失う可能性があることも当然認識していたと解されるにもかかわらず、漫然と被告従業員の勧誘にしたがって取引の委託をしたものである。一般市民が、商品先物取引に関わる利益やリスクについての商品取引員ないしその従業員が提供する情報や判断に依拠して、商品先物取引を行おうとする場合においても、一般市民自らが、取引に関わる利益やリスクについて判断し、その責任において取引を委託するか否かを決すべきものであるところ、原告は、本件商品先物取引に関する約諾書を取り交わした当日には、「お客様各位」と書かれた書面(乙第二号証の二)、商品先物取引委託のガイド及びその別冊(乙第三号証の一、二)、受託契約準則(乙第四号証)を交付されており、これらの書面を熟読すれば、原告の社会経験等からして、商品先物取引の仕組みやその危険性、取引委託の方法、手順、追証拠金を含めた委託証拠金の内容、取引の決済の方法等について的確な理解を形成し得たものと窺われるにもかかわらず、「お客様各位」と書かれた書面(乙第二号証の二)、商品先物取引委託のガイド(乙第三号証の一)を読んだ後も、既に投下した資金の回収に捕らわれ、竹尾に言われるままに本件先物取引を継続し、早期に手仕舞いをしようとせず、売買報告書及び売買計算書(甲第三号証の一ないし二九)を見て取引の内容については事後的に逐一確認していたにもかかわらず、これに対して書面等で異議を述べなかったものである。
これらの事実に照らせば、本件の損害の発生及び拡大については原告にも軽視し得ない過失があったといえる。そして、右の諸点に鑑みれば、原告が本件一連の先物取引において被った差引一四三八万六七五九円の損失の内、過失相殺として損害額の四割を減ずるのが相当であり、したがって、原告が被告に賠償を求め得る損害額は八六三万二〇五五円と認めるのが相当である。
なお、原告は、過失相殺の趣旨は、当事者間の公平にあり、不適格者勧誘のケースで損失の一部を顧客に負担させることはかえって公平に反し、臨時増証拠金の発生の有無は、判断の前提となる事実の問題であり、前提問題で不実の情報が与えられた本件では、過失相殺の適用の前提を欠き、原告には積極的な利益拡大の意思はなく、自ら損失発生の原因を拡大したとは言い難く、本件においては被告が原告の判断を誤らせる状況を意図的に作出していたといえるから、過失相殺を適用することは相当ではないなどと主張する。
しかし、原告にも前記のような過失が認められる以上、本件においても、右の限度で過失相殺を行うことが、損害の公平な負担という損害賠償法の基本理念により良く適合するものと解されるのであって、この点に関する原告の主張は採用できない。
第四結論
以上によれば、原告の請求は、被告に対して、八六三万二〇五五円及びこれに対する不法行為の後である平成七年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六四条本文、六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺尾洋 裁判官 野口忠彦 裁判官 山下博司)
別紙<省略>